スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ようやくに徒然

 告別式以降もばたばたとして、なんだかんだで間が空いてしまった。
 葬儀では何故だか弔辞を読む破目になった。しかも言われたのは通夜の日23時である。んな事突然前日に言うな。もうあと数十分で当日だよトゥディだよ。
 別に、さらっとからっと読めるつもりでいたのだけれど、棺の前に立って死に顔を見たらもう駄目だった。遺影とはまるで違って、本当に痩せこけてしまっているのだもの。
 参列者の方々も口々に「遺影のイメージが強い」と言っていた。家族親族以外にも、それだけ活動的な印象を与える人であったのだろうと思う。
スポンサーサイト

インプリンティング

 勘違いを思い込んで、そしてそのままのイメージで思い込み続けてしまっているものってあったりしないだろうか。刷り込まれて後、セーブを上書きできない類の記憶だ。
 例えば俺は「咳をしても一人」を何故かずっと子規だと思ってた。あと「シミュレーション」と「シュミレーション」、どっちが正しいのか未だに分からなくなる。
 なんで唐突にこんな話かというと、こないだうちの母が「津軽海峡冬景色」を口ずさんでいたからである。あの御方、いつも「冬景色」を「雪景色」と歌うのだ。
 俺や妹たちが実家に居た頃は、台所で歌うたびにツッコまれてたなあと懐かしく思い出した。
 昨日は感傷的になんだかんだと書いたけれど、明日は通夜で泊り込み。なので日記も書けません。

All's right with the world

 まだ結構ぐらぐらと揺れ動いている気もするけれど、それは怠ける為の口実かもしれない。
 可哀想な自分とか可哀想な誰々さんとか、そういう自己憐憫や同情に浸りこむのは好きくない。
 だから素振りやら日記やら出来る限りの一日一編短編やらを再開させて、気分を日常に戻して行こうと思う。そんなふうに思う。

 蝸牛枝に這ひ、
 揚雲雀名乗り出で、
 神、空に知ろしめす。

 並べて世は事もない。

そして皆いなくなった

 父方の祖母が逝去した。ホスピスに入っていたのだが状態も安定して、来年まで平気ではないかと言われていての急変だった。転院してから半月もなかった。
 と言っても苦しんだ様子はなく。
 5:30にむつきを変えた時は普通だったのに、その後6:30の回診の折にはもう息がなかったのだという。寝顔のような死に顔だった。
 これで父方母方ともに、祖父祖母は皆いなくなってしまった。
 今年の始めにも葬儀があり、また年の暮れに近付いてこれである。なんだかやりきれない気持ちになる。

圧倒的安定感

 友人の引越しを手伝ってきたらば、古いアルバムが発見された。
 懐かしいなとその場の三名で捲って、
「あーあーいたいたコイツ」
「そういえばひとりクラス違ったんだっけ」
「それにしても皆顔若ェなあ。俺らも歳食ったなあ」
 なんて話した後に大笑い。
 ふと気づけばその場の一人の顔が、中学時代とまるで変わっていなかった。昔から完成された顔をしていた。なんという安定感か。

今宵の月のように

 交差点で信号待ちをしていると、お母さんに連れ添った小さい姉妹の会話が漏れ聞こえてきた。
「お月様出てるよ。満月だ」
「違うよ。あれは三日月だよ」
 思わず空を見て確認した。この上なく三日月だった。俺以外にも気になって見上げた人はいたはずだ。 
「お煎餅のかじりかけみたい」
「お煎餅みたい」
「お母さん、晩御飯お煎餅がいい!」
「はいはい」
 お母さんの流しっぷりに感動すら覚えた。
 しかしあの娘さんたち、何故あれほど煎餅大好きに育ったのであろうか。

親切心

 涼しくなってきたし突然食べたくなったので、ハヤシライスを大目に作って作り置きしようかと思い立った。
 具材を買い出しに行ったらばマッシュルームの缶がない。丸ごとのホールタイプはあるのだけれど、スライスタイプがない。
 近くで品出ししていた店員のお姉さんに尋ねると、うろうろ探してくれた後、極小タイプの缶を見つけてくれた。ちっと量が少ないが、まあいくつか買って行けばいいかとお礼を言って買い物籠に。
 でも原産国見たら中国。うーむ、中韓産は安全面っつーか衛生面で口にしたくないなあ。
 そんな事を思いながら他の材料をセレクトしていると、ぱたぱたとさっきのお姉さんが小走りにやってきた。
「お客様、大きいのだけどありました!」
 差し出されたのはスライスタイプの缶。400g。おいこっちは多量過ぎる。間はないのか。
 でも折角商品も俺も探し出して持ってきてくれたものなので、そちらを買う事にいたしました。空気的にも「ちょっとデカすぎるんでいいっす」とか言えない状況だったし。ちなみにこちらはポーランド産。
 まあそんなこんなで本日の晩飯は、キノコ分多めとなっております。

「軍曹殿」

軍曹殿」についての独り言。
 なんかアクションが書きてぇ! 風太郎忍法帖的トンデモ活劇が書きてぇ! という衝動で突っ走ったらこうなった。どうしてこうなった。
 SFとはサイエンスフィクションではなく、そこはかとなくファタンタジーの略であろうか。
 主に発露されているのは、自分の嘘の魅力に自信がないから理論武装して設定に凝り固まるという悪癖である。さくっとアクションだけやるつもりだったのに、400字原稿用紙で20ページ分くらい書いて未だアクションに辿り着かない現実に直面して軽く絶望した。
 超絶に凄いひとが軍曹なのは、ハインラインの『宇宙の戦士』や樹なつみさんの『OZ』の影響であろう。んでもって敵が蜘蛛なのもやっぱり『宇宙の戦士』、通称スタシトパの所為である。っつーかさ、ずっとこのタイトルで馴染んでたのに「映画になったんで以後『スターシップトルーパーズ』でヨロシク!」とか言われてもやっぱ戸惑っちまうぜよ。
 ネタも好き放題に盛り込んだ。
 軍曹殿の他に女王蜘蛛を討ち取ったののモデルは、ルーデル閣下とムーミン谷の死神さんである。アンサイクロペディアに嘘をつかせない男達として有名なこのおふたりである。なんで得物についてちらっと触れていたりする。
 あと封神演義が好きなんです。あの宗教大戦っぷりいいっすよね。仏教系の敵が出てくると「道術の根底が異なるから勝負にならない」っつって、ツテで仏教系の人呼んできて処理してもらうの。初めて読んだ時、「おいそういうのありなのかよ!?」と思わずツッコんだ。
 講談社文庫から出てる安能務さん訳のヤツが、色々ぶっちゃけてて面白いのでオススメ。
 でも盛り込めなかったネタもある。
 掌底を叩き込むと同時にその衝撃を法力で功徳へ変換。対象を折伏し、強制的に仏門に帰依させる撃身成仏だとか、何千人の兵士を精細に整列させる事によって描かれる仙道系大陣図だとか 竜だの鳳凰だの麒麟だのの人に手を貸す幻想種族だとか、自意識を持った兵器の群れであり完全な無人部隊である百鬼夜行軍だとか。
 まーなんかまた嘘アクションやる時用に寝かしておこう。
 ところでこのブログのプロフィール画像やfc2小説の小説アイコンに使っている墨絵は、実はうちの祖母の遺筆である。よく見ると署名も入っていたりする。
 雰囲気あってよかろうと使っているし、墨痕淋漓ならぬ撲痕淋漓の名の連想もここに由来していたりするのだが、流石にアクションっぽい空気の墨絵はない。
 そんなわけでこの話だけ、fc2小説のデフォルト表紙である。別に設定し忘れたわけではないのだ。

悲しい現実

 先週末あれこれやっていて気づいた。最近、睡眠をとらない事によるダメージが昔よりも大きい。
 ぶっちゃけ徹夜するとその後のリカバリーに一日以上かかる。結局効率が悪い。
 突貫作業であれこれ片付けようとするよりも、きちんと日ごとに分けて分業で少しずつ確実にこなしていった方が効率が良いのだなぁと思い知る。
 これが歳をとるという事か!

インプリンティング

 聞いた話である。
 犬のしつけにもっともいいのは、子犬のうちにチャリンコの籠に乗せて全力でぶっ飛ばす事なのだそうな。
 犬は「こいつすげぇ! 走るの超速ぇ! マジ勝てねぇ!」となって以後一生尊敬してくれるのだとか。
 ホントかどうは知らんけど、でも小さい時からラジカセにつながれていて、昔はどう頑張ってもそれは動かせなかったものだと刷り込まれてしまって、成犬になってもラジカセに繋がれたらそこからぴくりとも動かない犬なんてのもいるらしい。
 なのでひょっとしたらそういう事もあるのかもしれない。ちょっと面白いと思ったので書き留めておく。……なんて書くとちょっと耳袋っぽいっすね。
 あ、ちなみに今週末はあちこち出歩いてくる予定。月曜ぐらいまで日記も小説も止まります。

パスパゲッティ

 呼び方はパスタでもスパゲティでもどっちでもいいと思うしどうでもいいとも思う。
 波止場というと哀愁の演歌っぽいけれど、ウォーターフロントというとお洒落っぽい。そんなただの言葉の言い換えだけで、雰囲気に騙されてはいませんか。でもまあ本人とそれに関わる人々がが満足していればそれでいいのか。どちらでもいいのか。
 ただ呼称をパスタって事にすると、空飛ぶスパゲッティモンスター教が空飛ぶパスタモンスター教になってしまうのではないかという一抹の不安がある。
 と、前置きが長くなったが、スパゲッティを美味しく作る方法というのを聞いた。まず普通に茹でる。茹で時間を1~2分残して引き上げる。この間にパスタソース(レトルトで全然OK)をフライパンで温めておいて、残りの茹で時間分、麺と絡めて加熱する。
 フライパンを無駄に汚すだけじゃねーの、と思いつつやってみたら、結構おいしい。……ような気がする。
 いや俺は美味しいと思うのだけれどどうだろう。それは結局、言葉の言い換えめいたものなのかもしれない。気分が醸しただけのものなのかもしれない。

怠惰に過ごす

 アイデアは幾つか考えたのだけれど、どれも上手い事形にならない。気に入るオチがつけられない。勢いが乗らないので今日は短編すら書かずにサボって寝る。
 こないだ雨に打たれながら帰って以降、微妙に風邪っぽくもあるしの。
 まーこういう日だってあるさね。

「冷えた湯の海」

 、「冷えた湯の海」についての独り言。
 互いに思わぬ未知との遭遇。きっと船側の航海記には「大巨人と遭遇した。マジやべぇ」みたいな一文が残された事であろう。
 見てないところにこっそり現れる小人とかロマンだと思う。アリエッティとか。こびとづかんとか。
 ちなみに前者はメジャーどころっぽいので言ってみただけである。実は見ても読んでもいない。あとこびとづかんの小人はぶっちゃけ気色悪いから。誰も言わないなら俺が言ってやるけど気色悪いから! ただし嫌いなわけではない。その辺りお間違いなく。

「forget me not」

 、「forget me not」についての独り言。
 勿忘草ならぬ忘れな傘。おいやめろ石を投げるな。
 傘が女物なのは、間違って入れてるとか、気遣いがないとかじゃあない。嫁さんが時折でいいから、自分を思い出して欲しいってだけの事である。
 仲良く歳を重ねた夫婦だったのだろう。

「石が泣く」

 、「石が泣く」についての独り言。
 無機物のご機嫌をとる話。
 ヤマは異界であるから、異界のものを連れて帰って来てはいけないという言いもある。マヨヒガよりの持ち帰りなんかは、こういう感性から発したものであるのかもしれない。
 あと見てる番組はピタゴラスイッチと0655、そして2355である。間違いない。

1編追加

 
「朧月夜」
 を追加。

芯がぼやける

 金曜夜、小説をアップ中からどたばたとして、そのまま出かけて土曜深夜に帰宅。
 帰り道に雨に打たれた所為か、それともほぼ徹夜モードだった所為か、今日は昼まで眠ったのに頭の芯がぼんやりと霞むように眠い。
 ぶっちゃけ思考が回らない。
 そんな意識の隙間で、奇の一編だけはどうにか仕上げた。あとはもう駄目だ。ひたすら眠い。寝る。寝なおす。
 きっとこれまた夜中に目が覚めて、そこから眠れなくなるパターンなのであろうなあ。まあ連休っつー事で、ひとつ大目に見ていただこう。

「大名行列」

 、「大名行列」についての独り言。
 トノサマガエルとかトノサマバッタとかキングコブラとかダイオウイカとか、そういう名前のセンスに惹かれる。なんかいいよね。大物っぽいよね。
 でもスベスベマンジュウガニとかオオイヌノフグリとかオジサンとか、残念な名前になっちゃったで賞的な雰囲気ばりばりのもあって、そこに世の無常を感じなくもない。
 大分話は逸れたが、そんなトノサマ級、キングサイズの生き物の大名行列に行き会う話。
 まあ多分、いいものを見た、程度に考えておけばいいんじゃないかなって思う。こいつらが車道で大きな顔をして、まとめて轢かれてたりしたら流石に笑う。

「爪を研ぐ」

 、「爪を研ぐ」についての独り言。
 ふと振り返ると猫話が多い。だが俺は俺は犬派である。実のところ犬派なのである。
 ジーン・ヒル曰く「幸せが金で買えないという奴は、子犬の事を忘れている」。あ、でもこれ犬を猫に変えても通るわ。通りそうだわ。
 まあとまれ、気まぐれに某かを為す奇妙なものとしては、やはり犬よりも猫の方が題材にしやすいような気がしたりする。 
 ちなみに作中でやってる「ごく小さな声で、或いは声を出さずに鳴く」というのは猫の最愛表現なのだそうな。詳しくはサイレントミャウで検索してみるといい。

「満たされる」

 、「満たされる」についての独り言。
 構ってちゃんの地蔵とか怖い。
 神様は祭られなくなると臍を曲げて祟るとか言いますよね。
 日本のだと祟り神を祭り上げてご機嫌を取ってたりする事があるので、何のご利益もない神様だと甘く見てはならない。その場合、「何もしない=我慢してくれてる」なのである。
 勿論地蔵菩薩様はめっさいいお方なので、こんな強請りたかりめいた真似はせんだろう。
 けどもこの話のその地蔵はもう「その地蔵」としての信仰を集めていて、「その地蔵」として独立した存在なのである。
 ご町内の方々もそうした事はご存知で、お供え物がどっさりになったりしたのだろう。

「食べられる」

 、「食べられる」についての独り言。
 人の仕業でも怪奇現象でも、漏れなく異物が自宅に混入してるよという話。
 呑気に悪戯画策してる場合じゃない。
 これで甘味に懲りたモノが、今度は肉食に目覚めたりしたらもう目も当てられない。
 特に意図していたわけじゃあないが、この迂闊具合は、同じ奇の一編「手を握る」に出てるのと同じ姉妹であるような気がしてきた。

「笹船」

 、「笹船」についての独り言。
 川に流す、という行為には色々な意味合いが付加される。どんな小さな川であろうともそれは同じ。
 そんな次第で、溺れる事すら難しいような小川の底に引き込まれてしまう話。話の構成や流れは結構気に入っている。
 ちなみに俺も昔、親戚のばーちゃんちの側の川で笹船作って流してた事がある。
 小学生低学年の親戚の子供数人が雁首揃えてで遊んでいたはずなのだが、さて、一体あの中の誰が、笹船の作り方など知っていたのだろうか。思い返せばそれがちょっと気になったりもする。

「名誉の負傷」

 、「名誉の負傷」についての独り言。
 ベースイメージは「絵ねことねずみ」。 絵に描いた餅は食えないけれど、絵に描いた猫は小洒落た真似をしてくれたりするものらしい。
 上手の絵、入魂の絵が動き出すという話はよくある。あとこの類話も結構あると思う。まあ基本的に骨子は同じである。
 アニミズム的なものだ何だの解説するよりも、愛情を注げば何であれそれを感得するものだと一般論で落ち着ける方が俺的に好み。

「鶴亀算」

 、「鶴亀算」についての独り言。
 話、気、つじつま、理屈。
 何にせよ合わないのは嫌なものだ。そんな感じで、これは計算が合わない話。
 俺としてはとぼけた雰囲気に仕立て上げてみたつもりだけれど、よくよく考えると足がごろごろ転がっている光景というのはかなりグロくて猟奇的だ。
 まとわりついている衣服の残滓も履物も悉く異なるような足、足、足。
 その辺り突き詰めて描写したら、別方向の怖さが仕上がったかもしれないなと思う。

「見つめてしまう」

 、「見つめてしまう」についての独り言。
 同級生はエイリアンとか、そんな感じ。爆風スランプの「転校生は宇宙人」は、子供心にどこか寂しさを覚えた曲だった。ずっと遠くの向こうからやってきて、「君にだけわかるのは仲良くして欲しいから」とか、ロマンティズムを感じずにはいられない。
 あとどうでもいいけどETがThe Extra Terrestrialの略だと初めて知った。それが何であるのかまったく考えもせずに、ただイーティーという響きをあの宇宙人を表す名詞なのだと思い込んでいた。

「経を読む」

 、「経を読む」についての独り言。
 功徳のあるもんだと思うんだけど、経は苦手である。
 檀家になってる寺の坊さんは説法が長く有名な人だった。年寄りがいるから、この後があるから手短にと幾度も事前に言ったのだが、まるで効果がなかったらしい。
 うちの親父がキレて「大概にしろ」と逆に説教をして、その後大変短くなった。
 俺自身に信心がないのも強いが、これがなんとなく寺が嫌いな理由の出だしなのだろう。
 そういうわけで、俺的に「あまりいいものでない」読経が続くお話でした。
 あと話は彼方にぶっ飛ぶが、功徳って単語で思い出すのは古橋秀之さんである。
 曰く「仏性を帯びた大質量の衝突により、衝撃波を伴う爆発的な功徳が炸裂した」。
 なんだこの素敵文章。インパクト強過ぎだ。ああ、功徳って炸裂するモノだったんだと目から鱗が落ちた。どういうシーンかは敢えて語るまい。
 まあ古橋さんの魅力としてはこれはほんの一例である。この方の描くイメージは実に素晴らしくて、本気で脱帽するより他にない。この方はなんかどばーっと売れてくれたりしないかなぁと常々思っている。
プロフィール

鵜狩

Author:鵜狩
鳴かぬなら 鳴くのにしよう 不如帰

 小説家になろうにて物語を書き撲っております。

FC2カウンター
Twitter
カテゴリ
検索フォーム
リンク
月別アーカイブ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。