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食前の祈り

 RO話。
 やさぐれ殴りプリと相棒短剣アサシンの一幕。青箱は開けるモンじゃねぇ、売るもんだ。
 タイトルはジャン・シメオン・シャルダンの絵から。





               *                  *                    *





「随分な体たらくだったな、おい」
「ふざけんな。オレは暗殺者だぞ? 夜行性なんだよ」

 昼時。混み合った店内の一角で、俺と相棒はいつものように悪態を応酬する。
 今日は朝も早くからモロクはスフィンクスダンジョンに飛び一攫千金を求めた。
 だがどうも奴のテンションが上がりきらず、動きが果々しくない。危険を避ける意味で仕方なく、俺達は早々に首都へ帰還したのだ。

「夜光性だぁ? てめぇは暗闇で光んのか?」
「はッ、知恵の足りねぇ聖職者だな」

 言って奴は四つ目の杯を干す。偏食のこの男、夕にしか固形物を口にしない。

「あの…」

 応酬しようとした俺が口を開くより先に、幼い声がそこへ割り込んだ。
 目をやればそこには二人のアコライト。姉妹だろうか。実に良く似た顔立ちをしている。
 どちらも幼い。どう大目に見積もっても、姉の方で十代の半ばだろう。
 妹と思しき方はまだ着慣れない僧衣で、こわごわと姉の背後からこちらを覗いていた。

「お話中すみません。申し訳ないのですが、相席を御願い出来ませんか?」

 口論に熱中して気付かなかったが、見渡せばどうも余所余所しい同卓の者達が増えている。
 捌ききれなくなった店の者が、客の回転効率を上げるべく押し込みを始めたらしい。
 相棒に視線をやると軽く頷く。

「構わんよ、座んな」

 卓上の物を片寄せて座をずらすと、ありがとうございます、と二人の声が綺麗に唱和した。
 

 自然、口数が少なくなった。こんな子供の前でやり合えるほど、俺の面の皮は厚くない。
 奴もそれは同じのようで、変わらぬ仏頂面で酒だけを呷っている。
 そこへ二人の注文が届いた。健啖家を自負する俺からすれば、こんな量で良く足りるなと思うつつましやかな昼食。

「じゃあ、いただきまーす」

 喜色満面、早速食事を始めようとする妹を、姉が押し留める。

「だめ。ほら、食前のお祈り。教わったでしょう?」
「あ」

 いかにもしまった、という風情で妹が口を押さえ、俺は失笑した。赤くなった妹に、謝罪の意を込めて手を振る。
 姉がぺこりと一礼し、その間に妹はひとつ深呼吸をしてからたどたどしい聖句を紡ぎ始めた。

「――」

 懐かしい響き。かつては欠かさなかったそれを、果たさなくなったのはいつからだったろう。
 忘れていた事すら忘却していた、祈り。
 と、つっかえながらも続いていた言葉が途切れた。妹を見ればもごもごと口の中で前文を繰り返して、必死に思い出そうとしている。
 姉は励ますような視線で見守っているのだが、おそらくそれも妹の頭を真っ白にしている要因だ。
 などと人事のように考えていたら、また妹と目が合った。途端また真っ赤になる彼女。
 ……そうか。うっかりしていたが俺はプリーストで、彼女たちから見れば先輩になるのだ。そりゃ緊張もするだろう。
 仕方がない、手助けするか。そう思った時、

「――」

 相棒の口から、低く聖句の続きが流れた。俺は軽く目を見張る。
 簡略された祈りならどこでも行われる風習だが、聖句による儀礼をきちんと知っている人間はあまりいない。
 ぱっと妹が目を輝かせ、姉が相棒に目礼する。それからは最後まで滞りなく儀礼は進んだ。

「良く知ってたな」
「まぁ、な」

 彼女らが食事を始めたのを機に、俺はぼそりと囁いた。いつも通り愛想のない奴の応答。
 ま、こいつにも色々とあったんだろうさ。
 およそ満腹した俺は、手を組み合わせた。久々に祈る。恵みへの感謝では相変わらずない。

「――」

 彼女らの上に幸運を。そして歩む道の安らかならん事を。
 気まぐれな俺が気まぐれな神様に祈るのだから、願い通りになるとは限らない。
 だがこいつは聞き届けられるんじゃないかと、屈託無い二人の笑顔を眺めながら、俺は思った。
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鵜狩三善

Author:鵜狩三善
鳴かぬなら 鳴くのにしよう 不如帰

 小説家になろうにて物語を書き撲っております。

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