めぞれけ「住居侵入に関する三つの見解、味噌の香を添えて」

 RO、生体工学研究所関連のお話。
 勝手ながらTLから、「エレメスを和室四畳半に住まわせる」という設定をお借りしました。

 注意点。
 以前短編を書きなぐった折に色々と混乱を生じさせてしまったようなので、今回は通称リーグ戦で書いたカップリング展開のみの組み合わせといたします。こいつはこういう話を書くんだなっていう、わかりやすさと安心感重点である。
 また現代ものっぽくする上で、上記から微妙に性格も変更している部分もあります。出会い方が違えば関係もって事で、ひとつよろしゅうに。
 個人の楽しみとして公開するけれど、落書き、走り書きの類である。ご賞味の折にはそこらをご了承の上でお願いしたい。粗いのは見逃してもらう方向性でゆく。







「寒いんだけど!」

 座布団の上に膝立ちになり、ちゃぶ台をばんと叩いて、セシル=ディモンは仏頂面をした。
 所は家具の少ない殺風景な木造アパート四畳半、築年数不明瞭。撮影して「赤貧」や「苦学生」と書き添えてツイートしたくなるような一室だった。
 当然ながら家賃は安く、居住性は相応している。
 木造なので石油ストーブは禁止。エアコンも壁に穴を開けるところからとなれば、なかなかに手が出ない。この部屋の賃借人は、平素布団に包まって寒さをしのいでいるとかいないとか。

「大家に言え、大家の娘」

 返したのはその向かい、同じく薄座布団に胡座をかいたハワード=アルトイアイゼンだ。小さなちゃぶ台が更に小さく見える、筋骨隆々たる偉丈夫である。
 その体格を前にセシルが物怖じしないのは、生来の無鉄砲な気性もあるが、何よりもハワードの人柄ゆえだろう。
 絶妙に立ち位置を調整する縁の下の力持ちめいた気遣いは、彼の最たる長所だった。
 無骨な愛嬌を備えた顔立ちもあって、近所のお子さんに人気者なのも頷ける。ただし基本、怪獣扱いではあるが。

「あんたは筋肉ダルマだから平気かもだけど、あたしはすごく寒いの! ていうか暖房器具がないとかありえなくない!?」

 言いながらセシルはカーディガンの襟を合わせた。
 本日のセシルは装いは、白の上掛けにボーダーシャツとスリムジーンズ。
 きびきびとした彼女の動きにつれてゆったりとしたカーディガンが揺れ、それは躍動感に満ちた中性的な魅力を放っている。
 が、10月の夜を行くには些かながら薄着である。おそらくは昼の温かさに油断をしたのだろう。

「ああ、お前さん肉づき薄いからなァ」
「……ねえ。今どこ見て言った? ねえ、どこ見てから言った?」

 すうっとセシルの目が細まった。
 彼女とて今を時めく女学生である。己のプロポーションには思うところがあるらしかった。
 だがセシルの噛み付きを、ハワードは相手にもしない。最前筋肉ダルマ呼ばわりされた意趣返しである。

「それほどに寒いなら、何ゆえ本日の手土産はアイスにござるか」

 割り込んだ声は、台所からした。
 三角巾にエプロンというやる気まんまんのスタイルで、先程から包丁とまな板を歌わせている彼こそエレメス=ガイル。この部屋の賃借人である。 

「だって……あったかいところで食べるアイスって美味しいなって思ったんだもん。それに新しいフレーバーが出てたし」

 鍋に刻んだ具材を放り込みつつの至極もっともな問いに、セシルはぐっと詰まってから答えた。
 要するに彼女は、中途立ち寄ったコンビニの暖房にまたしても油断をし、その上商品販売戦略にうかうかと乗せられてしまったわけである。 
 女学生の財布には手痛いだろうに、高めの氷菓をきちんと三人分購ってくる律儀さがなんともセシルらしい。

「まァなんにしろ、ちと肌寒いってのは確かだな。これからまだ冷えんだ。今度ファンヒーターでも買ってきたらどうだ」
「拙者にも懐事情というものがござってな……」
「下見だけしてこいよ。メーカー次第じゃ安く譲ってもらえるかもしれねェぜ」

 エレメスとそう歳は変わらぬながら、彼は既に社会に出ている。仕事柄、そういう繋がりがありもするのだろう。
 エレメスが黙って会釈をすると、ハワードは思わぬ事を付け足した。

「ただお前さんの眼鏡だけに任せると、金額優先で機能をオミットしそうだからなァ。なあセシル、お前さんこいつと都合合わせて見に行ってこねェか」
「ほひゅっ!?」

 胡座のまま背中側に両手を突いて、ハワードはセシルに片目を瞑る。途端、彼女が声とは呼べない変な音を発した。

「自分で選んだブツになら、性能が悪いのなんのと文句もつけねェだろうしな」
「ど、どーしてもって言うなら暇な時に、えと、暇で暇でどうしようもない時に付き合ってあげてもいいわよ……?」

 正座し直してちらちらと、味噌鍋の湯気ごしにエレメスを見る。
 が、

「いやいや、そこまでの迷惑はかけられんでござるよ。セシル殿も勉学に部活に友人関係にと、忙しい身でござろう。ああ、ひょっとして恋愛事情もあったりするでござるかな?」

 自分では上手い冗談のつもりなのだろう。背を向けたまま、エレメスは剽げて言ってのける。
 セシル=ディモンは極めてわかりやすい気質で、そして露骨に乙女である。
 大家の娘という微妙な立場を大義名分に部屋へ上がり込むなど、その最たるものだ。普通ならばその言動や雰囲気から、好意を察せて然るべきだろう。
 だというのに、この始末である。
 セシルがむーっと不機嫌になり、やれやれとハワードは額を抑えた。

 ただ、エレメスは決して彼女を嘲弄するではない。
 そこが救いであり、救いようのないところだとハワードは思う。
 世界には好意を知らない人間というものがいる。鈍いのでも疎いのでもなく、そういうものがある知らないから気づけない。そんな人間が存在しているのだ。
 エレメス=ガイルもおそらくはその一人であり、だからこそ経験のない未知を彼は咀嚼できない。一体どんな人生を送ってきたのかと、つい余計な心配までをしたくなる。無論、一々それを詮索するほど野暮天ではないが。

「ていうかさ」

 むすっとちゃぶ台の上に置いた腕に顎を乗せ、セシルはハワードを見た。ご機嫌斜めはこちらに撃ち出す事にしたらしい。

「なんであんた、毎週こいつのうちに来てるの?」
「いや、なんかよ」
「なんか?」
「世話しないで放置しといたら、いつの間にか飢え死にしてそうじゃねェ?」
「あー、わかる!」
「……わからんで欲しいでござる」

 狭いワンルームであるのだから、当然ながら会話は丸聞こえだ。だがエレメスの悲痛な訴えを二人は揃ってスルーした。、
 実際のところ、エレメス=ガイルは痩せぎすである。
 何か運動をしていたのか、鍛えられた体つきこそしているが、奇妙に線が細い。長く伸ばした髪は、そのラインを誤魔化すべくであるようにも思われた。

「あとよ、こうやって具材を持ち込むだろ? そうするとその余りが料理されてタッパに分けられて帰ってくるわけだ。これが美味い上にレパートリーが広い。外食よりよっぽど安上がりにだしな。そりゃ毎週たまるに来るってなもんさ」

 ハワードが初めてあった頃のエレメスは、今よりももっと細くかった。まるきり欠食児童だった。
 見かねたハワードが辞去を押し切って外食に引っ張り出し、やがてそれが食材の持ち込みと調理という役割分担に変化して今に至る。
 しかと約束を交わしたわけでもなく続く、毎週土曜の晩餐。考えてみれば奇妙な縁だった。

「学校でも友達いなそうだしねー」

 続くセシルの舌鋒は、エレメスの臓腑を深く抉ったものらしい。料理人は無言で肩を震わせている。

「ま、オレがいるさ」
「こういう時は『オレらがいるさ』って言いなさいよっ」

 ちゃぶ台の下で、セシルはげしげしとハワードの膝を蹴る。

「ていうかあんた、まさかそういう趣味とかあるんじゃ……?」

 とんでもない発想をひねり出されたハワードは黙って肩を竦めると、「ところでな」と唐突に話を転じた。

「こないだ偶然、町中でお前さんを見かけたぜ」
「声かけなさいよ。黙って見られてるとか気分悪いでしょ」
「友達と一緒みたいだったんでな。女子校生の群れになんぞ混ざれねェよ。ともかく、だ。その中にな、特に仲良いのがいたろ」
「え、そんな漠然と言われても……」

 頭の中で友人の顔を思い浮かべているのだろう。セシルは天井を見上げるようにする。

「頭良さそうな雰囲気だったぜ」
「んー……そしたらカトリーヌかマーガレッタかな? 髪、長くしてた?」
「ああ、長かったな」
「それでちょっとお嬢さんみたいな?」
「そうそう、それだ。それで間違いない。あのお嬢ちゃんな、お前さんを狙ってるぞ」
「は!?」

 腕を組んで、生真面目な顔でハワードは断言した。

「どう見ても友達としては立ち位置がおかしかったぜ。距離が近すぎる。あれは絶対、そういう目でお前さんを見てるね」
「……し、失礼な事言わないでくれる!? 信じらんない! あの子の事を全然知りもしない癖に、なにその偏見。その色眼鏡。ありえないんだけど。ありえないんだけど!」

 一瞬の呆然から火が付いたようにまくし立てるセシルを、エレメスの笑いが遮る。

「セシル殿は、本当に素直でござるなあ」

 含みのある物言いに少し冷静を取り戻し、そしてセシルはあっと気がついた。
 一連の会話において、ハワードは殆ど具体的な言葉を発していない。全てセシルが開示した情報から成り立っている。

「あんた、鎌かけたわね!?」

 ハワードがひらひらと手を振り、

「まァ、な。とまれそういった具合の反論を、オレもしたかったわけさ」
「ご、ごめん」

 流石に甘えが過ぎた、言い過ぎたとセシルは悟る。しゅんとしつつも丁寧に頭を下げた。

「素直はお前さんの美徳だな」

 わざと人の悪い笑みを浮かべたハワードは、恐縮する彼女につけ込むようにぐいと顔を寄せる。
 殊更に声を潜めて、

「で、オレの方はそんな感じだが、お前さんはどうなんだよ? なんで毎週ここに来てんだ?」
「そ、それは……それはその……っ」

 つい、視線がエレメスへ動く。
 当の本人はまたぞろ鍋に向き直っているが、それでも会話に耳は傾けているだろう。迂闊は言えない。

「若い娘が毎週男の部屋に入り浸るなんざ、親もいい顔しねェだろ」
「お、大家と言えば親も同然店子と言えば子も同然だからよ! 友達いなそうだし、部屋で一人やる事なくて糸の切れた人形みたく転がってそうだし、ちょっと気をつけてチェックしてやらなきゃって、それだけの事だからっ!」

 含みを感じさせるハワードの言いに、頬が熱くなるのがわかった。
 思わず小声で声を張り上げるなどという器用を披露してしまう。

 セシル=ディモンは己の直感を秀でたものと信じている。
 特に人間関係にこれは顕著で、顔を見ただけで自分と相性がいいかどうかを、ほぼ百発百中で嗅ぎ当てる事ができた。その勘がエレメス=ガイルを見た時に囁いたのだ。「こいつはいけない」と。
 まさに、その通りだった。
 偶然の初対面の後、、どうしてか自分は登校前にこのアパートに来て、軽い清掃をするようになった。早朝のその時間帯に家を出るのが誰かは言うまでもない。
 やがてちょっとした挨拶を交わすようになって、ふとしたきっかけでハワードに招かれて、以来セシルは毎週、欠かさずでここにいる。
 後は坂道を転がり落ちるが如しだった。
 時々はわざと早くに到着をして、二人だけで過ごしたりもした。
 甘い事なんて何一つなかった。
 でも何かあってちょっとでも凹んでいると「今日は元気がないでござるな?」なんて必ず気がついてくれて、それで相談に乗ってくれたりなんかして。
 今ではセシルは絶対的に確信している。
 やっぱりあたしの勘は正しかった。こいつは、いけない。
 
 しっかり隠していたつもりだけれど、図体の大きなわりに繊細なハワードはお見通しらしかった。にやにやと、底意地の悪い笑みを浮かべている。
「もーっ!」と叫んで、セシルは大の字に後ろへひっくり返った。
 その声に振り向いて、「仕方ないでござるなあ」とエレメスが苦笑する。

「癇癪を起こすほどに寒いでござるか。本当はもう少し寝かせたいところにござるが、ならばそろそろいただくでござるよ」
「……そーゆー事じゃないんだけど」
「おう、そうしようぜ。匂いばっかり嗅がされて待ちきれねェよ」

 うむ、と返して、エレメスは頃合を見切って止めた。味噌鍋は沸騰させてはならぬ。ならぬのだ。
 それから手を伸ばし、食器棚から箸と丼を引っ張り出す。百均で買ってきた、セシルとハワード用の食器だった。
 ちなみに調理に使った土鍋は「鍋と男の器はでかくねェとな」と嘯くハワードの持参であり、座布団は「使わないのあったからいくつか持ってきてあげたわよ!」というセシルの持ち込みである。
 この数ヶ月で、他人の私物ばかりがこの部屋には増えた気がする。一体どういう事であろうか。
 思いながら食器に加えて鍋敷きをちゃぶ台組に受け渡し、エレメスは土鍋を持ち上げる。
 延々台所で調理していた事からも知れるように、この部屋にはカセットコンロなどはない。よって仕上がった鍋はすかさず卓上に移動させ、冷める前に食すが流儀である。

「〆のうどんもあるでござるからな。具材は食べ尽くさぬようにして欲しいでござる」
「あいよ。前向きに善処するわ」
「食べ尽くすき満々にしか聞こえんでござる!」
「これ、いつもの自家製味噌? ホントによく作るわね」
「自慢の一品にござるよ」
「確かに美味しいけどさ。でもあんたが女子力高いの、ちょっと嬉しくない……」

 常態となりつつある賑やかなやりとりに、エレメスはふと心を弛緩させる。
 彼らには、すっかり居住空間と時間を侵食されてしまっている。だというのに、少しも嫌悪はなかった。不思議な事だと思う。

「にしても」

 そんな油断からか、ぽろりとつい言葉が漏れた。

「セシル殿とハワード殿は仲良しにござるな。先程から二人で内緒話などして、拙者お邪魔でござろうか」
「……」
「……」

 途端、ぴたりと会話が絶えた。
 たっぷり一秒ほど呆れてから、ハワードは無言で額を抑える。
 本人としてはまるで悪気のない言の葉であろう。だがそれが一等悪いのだ。

「死ね! なんていうかもう、あんたなんて死んじゃえっ!」

 ちゃぶ台の下でセシルが突き出すような蹴りを繰り出すが、奇妙に身軽なエレメスはひょいと両手で体を浮かせてこれを回避。「暴力はいかんでござるよ」などと火に油を注ぐ始末である。
 駄目な野郎だと再確認して、ハワードは首を振る。せめて受けてやれば溜飲も下がるだろうに。

「おら食事中に暴れんな。行儀悪いぞ。美味いもんはちゃんと座って大人しく味わえ」
「そうでござるよ、セシル殿」
「頼むからお前さんはしばらく喋るな」
「ござ!?」

 背丈に比例して長い腕で、ハワードは双方の頭を叩いて黙らせる。
 二人ともに座り直させると、流石に空気を読んだのかエレメスが違う話題を投じた。

「拙者も研究してはいるでござるが、いい加減レパートリーに限度が来そうにござる。そろそろお二方も調理に回ってみるのは如何でござろうか」
「いや、お前さんの後釜はなァ。なんというか荷が重──」
「それってもしかして」

 割り込んで、セシルが上ずった声を出した。

「……もしかして、あたしの手料理が食べたいって事?」
「うむ、そういう事にござるよ」

 そういう事ではござらんよ、とハワードは胸中で呟いた。
 未成年がいるので遠慮しているが、どうにも煙草が欲しくなる。

「いいい、いいわよ。ならあんたの挑戦、受けて立ってやるわ! 首を洗って待ってなさい。目の玉飛び出させてやるんだからっ!」
「目玉が飛び出す料理とか、それどんな劇物でござるか……」

 喧々囂々たるやり取りを聞き流しながら、後でセシルにメールを入れておこうと思う。具材調達係としては、このお嬢ちゃんの得意料理ってのはなんなのかを把握しておかねばなるまい。
 まさか包丁を握った事もないとは言い出すまいが、それでも一抹の不安は残る。
 返答がどうあれ、来週はお手軽簡単な食材だけを選ぼうと心を決めた。



            
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鵜狩

Author:鵜狩
鳴かぬなら 鳴くのにしよう 不如帰

 小説家になろうにて物語を書き撲っております。

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