めぞれけ「単純接触効果の開始地点、或いは割れ鍋と綴じ蓋」

 RO、生体工学研究所関連のお話。
 勝手ながらTLから、「エレメスを和室四畳半に住まわせる」という設定をお借りしました。
 諸注意については前回参照の事。

 しかし 何故俺は9,000字弱とか書いているのか。 一話当たりはもっと短いはずだったのに、おかしい。
 仲悪い二人を書いてたら筆が滑った感はある。
 バイト先はについては人様の脳内にお任せしたい。おそらくファミレスかなんかであろうか。揃って執事喫茶とかだったら大爆笑である。


 *



 帰途にあるセイレン=ウィンザーがブレーキを握ったのは、彼女を見るのが本日二度目だったからだ。
 少女は彼の往路においても、そこにそうして立ち尽くしていた。その折は特に気にせずに行き過ぎたのだが、それはもう数十分近く前の話である。
 些かならずお節介焼きな性分のセイレンが気にかけるには、十分すぎる不自然だった。

 しかし夕暮れに立ち尽くす少女は、間近に停まった自転車に目もくれない。ただ残光の紅を浴びて、茫洋とコンクリートブロックを背に佇んでいる。
 全体的に、小作りな娘だった。手足はほっそりと儚げで、はしばみ色の髪を両サイドで団子に丸めているのが稚い印象に拍車をかける。
 どこか人形めく無表情は、しかし冷たい無機質では決してない。その印象の所以は彼女の瞳こそだろう。穏やかな理智の光が、水面の月のように静かに揺れている。
 彼女の着用する制服は、かつてセイレンが毎日のように目にしてきたものだ。
 つまるところ彼の母校のものであり、年下の幼馴染が今現在も通う先のものである。
 当の幼馴染み──セシル=ディモンと彼女とに縁があるかは知れないが、夕闇と共に冷たさを増す風に、学校指定のダッフルコートの頬は子供めいた朱を差している。
 何よりその細面に漂うものを、セイレンの目は不安と読み解いた。
 ならば、行動を躊躇う理由はない。

「何か、困り事だろうか?」

 ちなみにこの時点でのセイレンの装いはといえば、ジーンズにざっくりとインしたシャツという実に適当なものである。
 停めたばかりの自転車はいわゆるシティサイクル。ハンドル前に籠のついた、世に言うお母さん自転車だった。おまけにその籠には駅前スーパーで買い込んできたばかりの食料品と日用品が満載であり、正直同世代の少女に声をかけるには少々勇気を必要とする格好だ。
 だがこの男は頓着しない。

「ああ、余計な世話であれば言って欲しい。自分は少々気が回らないところがある。君が途方に暮れたようだから声をかけたでだ。勘違いとあればすぐに退散をするよ」

 できるだけ威圧感を与えない距離で、ゆっくりと静かな声で彼は伝える。
 その顔を、きょとんと少女の瞳が見上げた。

「……」
「……」
「……」
「……」

 どうやら、人見知りをする手合いらしかった。怯えるとまではいかないが、どう言葉を繋いだものか困惑気味なのがありありと見て取れた。
 それでも会話の意志はあるらしく、目は少しもそらさない。おそらく頭の中でぶんぶんと思考が回っているのだろう。
 そう判断して、セイレンは彼女から切り出すのをじっと待つ。

「……カトリーヌ。カトリーヌ=ケイロン」
「セイレン=ウィンザーだ」

 回転を続けた思案はやがて自己紹介へと到着したものらしい。彼女の名乗りに、セイレンは小さく笑って合わせた。

「ではカトリーヌ、どうして君はずっとここに立っているのかな?」
「……迷子」
「迷子か」

 しばしの沈黙の後に返った答えを、吟味するようにセイレンは反復する。応じて、カトリーヌがこくんと頷いた。まるで子犬のようだな、と思う。

「……迷子になったら」
「なったら?」
「その場を動くなって、教わったから」
「ふむ」

 どうも正しいようで間違っている。もしくはピントがズレている。

「君が向かう先と、連絡は取れないのだろうか?」
「友達と待ち合わせだったのだけれど。電話の充電、切れてしまっていて。気がつかなくて」

 訥々返る言葉に、なるほど、とセイレンは腕を組んだ。
 この一体は微妙に不便な住宅街なのだ。最寄り駅からは徒歩二十分強。一帯にあるのは個人宅と不便ゆえの安さを誇るアパートばかり。勿論充電に充電に利用できるような飲食店も、モバイルバッテリーを買えるようなコンビニも近隣にはない。
 加えて人通りすらもそう多くはないのだ。さぞ心細かった事だろう。

「待ち合わせ先の建物や住所はわかるだろうか」

 この回答は早かった。彼女はメモすらも見ずにすらすらと、アパートの名と番地とを告げる。
 よく覚えているものだな、と素直に讃えると、

「暗記は、得意」

 カトリーヌはえっへんと胸を張った。
 彼女を「全体的に小作り」と評したばかりだが、訂正せねばならぬようだった。印象とは裏腹に一部はたわわに豊かで、そのような仕草をされると、セイレンも男である以上、少々目のやり場に困る。
 だが即座に邪念を払って、彼は笑顔を浮かべて見せた。

「いいお報せだ、カトリーヌ。俺はそのアパートをよく知っている。俺の家はその隣だし、何よりそこには友人が住んでいる」

 言いながらセイレンは、一人の男の顔を脳裏に浮かべた。
 それはバイト先の同僚であり、新しい友人の顔だった。
 エレメス=ガイル。彼との縁は数ヶ月前、家がごく近くというのをきっかけに生じた偶発的なものだったが、奇妙に馬の合った。今では十年来の友のような気さえしている。

「君さえよければ案内ができるが──」

 皆まで言う必要はないようだった。
 カトリーヌはぱっと顔を輝かせ、すがるような瞳でセイレンを見つめている。やはり子犬のようだと思った。
 同時に、危ぶみもする。
 悪さをするつもりなど毛頭ないが、初対面の人間を、少々信頼しすぎではなかろうか。


 *


「ああエレメス、ちょうどいいところに」

 アパートに帰り着いたところへ呼びかけられ、振り向いたエレメス=ガイルは浮かべかけの笑顔を凍りつかせた。
 視線の先にいるのは友人のセイレン=ウィンザーだ。その事に間違いはない。
 だが彼の有り様が振るっていた。
 スーパーのレジ袋を満載にした自転車の荷台に少女を乗せ、自らはサドルを跨がずにハンドルを握って押し歩くという風体である。デートの帰りと呼ぶにはあんまりで、では他のなんなのかと問われれば形容が思いつかない。

「どうした、おかしな顔をして」
「あー……」

 この男の気質は、短い付き合いながら心得ていた。
 まずお節介焼きである。でありながら、肝心なところで気が回らない。では杓子定規で融通の利かない生真面目者かといえば、そうでもない。
 優等生めいて意外に緩く、「そういう事はこっそりな」と他愛ない悪さにならば片目を瞑る融通も持ち合わせている。自分には厳しいが他人には割合と甘いのだ。
 上にも下にも等しく忌憚ない意見を告げて、それでいて双方から憎まれず恨まれず信頼されるという仕事場でのスタンスが、彼という人間の評価を端的に示すと言えよう。エレメスからすれば羨ましいほどの世渡り上手だった。
 そうしたあれこれを踏まえてるに、この状況は様々な要素が絡み合った結果であるのだろう。
 だがエレメスとしては「正しいようで間違っている。ピントがズレてるんだよ、お前」とツッコミを入れたくて仕方がない。

「つまりセイレン。お前は道端で女子校生を引っ掛けて俺のところへ来たのか? 俺は通報をすればいいのか?」
「誤解も甚だしい」

 平然とセイレンは笑うが、彼の自転車に鎮座するのは小動物めいた美少女である。どうにも人身売買めいた空気を感じずにはいられない。

「彼女はカトリーヌ=ケイロン。セシルの学友だそうだ。ここを訪う途中で道に迷っていたので連れてきた」
「ああ、セシル殿の。そういえば制服に見覚えがある」
「あいつ、今週も来るんだろう? ならお前に引き合わせれば話が早いと思ったんだ」

 そうしたやりとりを、カトリーヌは荷台に横座りをしたまま、セイレンの影から覗くようにして聞いている。まるで母親のスカートに隠れる子供のようで、随分と懐いて見える所作だった。
 謹厳実直品行方正のような顔をしておいて、こういう手合いは質が悪い。平然と他人の心に踏み込んで、突き崩してたらし込むのだ。女の敵だな。許せん奴だ。

「と言っても、お前もカトリーヌも、知らない相手といきなり二人にされても困るだろう。荷物を置いてすぐに戻るから、その間だけ頼めるか。それからセシルが来るまでは俺も居よう」

 ほんの少し前に知り合ったばかりの婦女子に対して、もう「自分は知らない相手ではない」宣言である。これで無自覚なのが何よりも悪質なのだと、エレメスは誰ぞが耳にしたら笑顔で蹴り飛ばされそうな事を考える。

「承知した。流石に初対面の女性は会話に困る。早く戻れよ」
「よく言う。人あしらいは慣れたものだろう」

 言いながらセイレンは、手を伸べてカトリーヌを荷台から降ろした。双方ともに頷いてから、自宅へと自転車を押し歩き出す。
 その背を心細げに見送るカトリーヌは、まるで飼い主に置き去られる子犬のようだった。

「まったく、あの男にも困ったものでござるな」

 アルバイト先におけるセイレンの武勇伝は、入って日の浅いエレメスもいくつか耳にしている。つい独りごちると、耳ざとく聞きつけたカトリーヌがきょとんと見上げた。

「……ござる?」
「うむ。なんかこう、明るくて親しみやすい感じがするでござろう?」
「……」
「あ、愛されキャラっぽいでござろう?」
「……」

 反射的に作った愛想のいい笑みをじいっと凝視され、エレメスは思わず固まる。
 なんか苦手でござるよ、この娘。
 
「セイレンには、しないの?」
「……」
「愛されキャラ、しないの?」

 やたらずばずば切り込んでくるでござるよ、この娘。

「あいつはなんというか」
「なんと、いうか?」
「取り繕わなくていいというか、取り繕っても無駄というか。まあ、そんな感じがするでござろう?」
「ん」

 ひどく感覚じみたエレメスの発言に、カトリーヌは顎を引くようにして小さく頷く。

「……わかる」

 それからふっと目を細めて、花びらめいた唇をほころばせた。
 どうやら、気を許してくれたものらしい。やれやれとエレメスは頭を掻いた。

「とまれそういう次第でござる。セイレンもじき戻るし、セシル殿もそのうちに参られるゆえ、ひとまずは拙者の部屋に──」
「そこまでですわ!」

 エレメスが差し招いた、その時だった。
 彼とカトリーヌとの間に、息せき切って駆け込んだ影がある。

「そこまでです、この破廉恥漢。カトリーヌから離れなさい。今なら通報しないでおいてさしあげますわ」

 澄んだ鈴のような声は、カトリーヌと同世代の少女のものだった。二人の共通点はその年頃と美しさとにあったけれど、受ける印象はまったくに異なる
 カトリーヌがひっそりと独り静かに咲く花なれば、こちらは衆目を集めずにおかぬ大輪だった。
 走り寄った慣性で流れる長い髪。黄金の糸のようなそれが彼女の体に絡みついて渦を巻き、次いで強烈な怒りを孕んで膨れ上がる。白い息と、激情に紅潮する頬。きっと決した眦。身にまとうロングニットの赤色もあって、その娘はまるで紅蓮の炎のようだった。
 颯爽と立ちはだかった彼女は、おとがいを持ち上げるようにして長身のエレメスを鋭く見据える。

「さがりなさい。わたしの友達を部屋に連れ込んで、一体どうするつもりでしたの」
「マーガレッタ、ちが──」

 言いかけるのを遮り、カトリーヌの手を引いて少女は我が背へと庇った。
 そうしてエレメスへと向けたきつい眼差しとは裏腹の、慈母のような微笑を見せる。

「もう大丈夫ですわ、カトリーヌ。知らない人に凄まれて怖ったでしょう?」
「だから、違う。聞いて、マーガレッタ」

 マーガレッタと呼ばれた少女は、しかしこの呼びかけをも無視した。
 再びエレメスへと睨みを効かせ、冷たく言い放つ。

「実害はないようですから、今回に限り通報は勘弁して差し上げますわ。そういうわけです。ごきげんよう。どこへなりと可及的速やかに消え失せていただけますか?」

 おそらくこの娘は、カトリーヌの友人なのであろう。自分の友人が夕暮れ、見知らぬ男と押し問答を繰り広げている。それを目の当たりにして、案じる心持ちが生じるのは無理なからぬところだ。
 しかし、些か言いたい放題が過ぎはしまいか。
 さしものエレメスの眉も険悪に寄る。彼女の傍若無人な正義は、どうにも業腹だ。
 きつく言ってやろうと口を開きかけたその時、

「あれ、マーガレッタにカトリーヌじゃない。何してんの、こんなとこで」

 三人の横手から、聞き慣れた声が割り込んだ。


 *


「ええと、じゃあ何? つまりあたしが悪い男に騙されてるんじゃないかって、あんたたち二人して調べに来たの?」

 頬杖を突いたセシルがちゃぶ台の向かい、並んで正座したマーガレッタとカトリーヌに確認を取る。
 現在開催されているのは審問会であった。友人二人がどうしてここに居るのかを不思議に思ったセシルが、彼女らを問い詰めているのだ。
 あの後、セシルの「寒いし上がってけば?」の一言で、一同は四畳半へと所在を移している。「拙者の部屋でござるよ?」という賃借人の抗議は、当然のように黙殺された。
 不幸にも本当にすぐ戻ってたセイレンは、さっぱり状況が飲み込めぬまま、邪魔にならぬよう部屋の壁に持たれて状況を傍観している。
 ちなみにエレメス=ガイルはといえば、お茶くみに従事していた。
 紅茶の所望に対して、「緑茶しかないでござる。インスタントの」ときっぱり返してやったのが、彼のせめてもの復讐である。

「はい」

 問いかけに、こっくりといいお返事をするカトリーヌ。

「なんでそんなくっだらない事を……」
「だってセシルちゃんが」

 嘆息したセシルに対し、童女のようにマーガレッタは頬を膨らませた。

「最近セシルちゃんが私たちを構ってくれなくて、寂しかったんですわ」
「あんたねぇ……」

 やはり子供じみた言い口に、セシルは渋面で眉根を押し揉む。

「違う。マーガレッタは、ちゃんとセシルを心配してた」

 伏せた本心を暴露され、今度はマーガレッタは渋い顔をする番だった。
 隣に脇を肘でつつかれつつ、すまし顔のカトリーヌは「でも」と悪戯っぽい目をして付け加える。

「セシルに秘密で悪巧み、ちょっぴり楽しかったです」
「こら!」

 思わず両手でちゃぶ台を叩く。
 すると音に弾かれたようにカトリーヌは逃げて、セイレンの陰に隠れるようにした。へえ、とセシルは目を丸くする。この子がまた、随分と懐いたものだ。

 けれど、思い返せば意外ではなかった。
 セイレン=ウィンザーという少し年上の幼馴染みは、昔からこうだった。
 出会った時から登校班の班長さんだったし、先生や周りの大人たちも口を揃えて、「あの子に任せておけば大丈夫」と評価していた。そうした優等生はお利口さんとして忌避されるのが常であるが、生意気盛りの子供たちも、不思議と彼にはよく従った。
 セイレンお兄ちゃんは、なんだかんだと信望があったのである。

 そういうちょっと大人びた態度と気遣いの所為か、彼は割合とモテた。
 家が近く、更には運動が得意で所謂「男の子チーム」とも仲が良かったセシルは、彼宛の恋文を託された事が幾度かある。その後を見るにどうやらどれも実らなかったようだが、要するにそういうヤツなのだ。
 ちなみにセシルは当時、「人伝てに手紙なんてまどろっこしい事しないで、直接言っちゃえば話が早いのに」と呆れていた。自分がデリカシーを欠いていと、今は反省せざるを得ない。

「ま、そういう事だったみたい。あたしがこっちに顔出してばっかりだから、心配かけちゃったんだってさ」

 このところお誘いを断り続けていたのは確かだと、セシルはちょっぴり反省する。でも流石に、毎週男友達の家に入り浸っているなどとは口外できないではないか。

「ごめんね、エレメス。迷惑かけて」
「それについては、まあ構わんでござるが」

 あっけらかんとした応答が返ると思っていたセシルの予想を裏切って、エレメスはじろりとマーガレッタを見た。

「一応、大上段に決めつけてくださったそちらからの謝罪くらいは聞きたいところにござるな」
「マーガレッタ=ソリンですわ」

「そちら」呼ばわりが気に食わなかったのだろう。つんと取り澄まして、マーガレッタが硬い声を出す。

「その女から、きちんと謝罪を頂戴したいところにござる」
「あら、あら、恨みがましい。私の見込んだ通り、腐った性根でいらっしゃいますのね」
「……吐いた言葉は飲めんでござるよ?」
「女相手に凄むだなんて、やっぱり腐り果てていますのね」
「ああ?」
「はあ?」

 ばちばちばち、と視線が火花を飛ばした。カトリーヌが再びセイレンの後ろに身を隠す。

「おい、エレメス!」
「やめなさいよマーガレッタ!」

 よろしからぬ剣幕にセシルとセイレンも強い声を飛ばし、それで渦中の両名がはっと我に返った。
 こほんとマーガレッタは咳払いをして、

「確かに、先刻の件は私の非礼でしたわ。お詫びいたします」
「む」

 いち早く矛を収められてしまっては、エレメスとしてもバツが悪い。
 謝罪を容れようとしたところに、しかし彼女は続けた。

「大変申し訳ないとは思いますけれど、でも、その……貴方の見た目が、まるで落ちぶれたホストみたいだったんですもの。勘違いしてもしかたなくありません事?」

 ぶっとセシルが噴き出した。

「……セシル殿?」
「ごめん、ごめん」

 エレメスに恨みがましく見つめられて、慌てて両手で口元を覆う。勿論笑いは隠しきれない。
 そのエレメスを「ちょっと」とマーガレッタが掣肘した。

「セシルちゃんにあまり馴れ馴れしくしないでくださる? この子がさばさばと親しみやすいからって、貴方何か勘違いしているのじゃありませんかしら?」
「……ああ? 何が勘違いでござるか。そちらこそ思い違いも甚だしい。大体なんでござるかその気取った喋り口。キャラ作り? キャラ作りでござるか?」
「……はあ? そちらこそなんですの、そのござるって。根暗のコミュ障が一生懸命作り上げた対外交渉用人格か何かかしら? あら眉が寄りましたわね。正鵠を射てしまいました? ごめんあそばせ」

 エレメスの眉が正午近くまで険しく寄った。
 腕を組んだマーガレッタの人差し指が、メトロノームのように苛立たしくリズムを刻む。

「何か仰りたい事があるのかしら、落ちぶれホストさん?」
「何ひとつござらんよ、気取り屋のお姫様」

「しゃげー!」「ふしゃー!」と威嚇し合う二人を目の当たりに、幼馴染み同士は顔を見合わせた。

「エレメスは愛想よく壁を作るタイプだと思ったが、意外と感情剥き出しにもするんだな」
「マーガレッタがあんなムキになってるの、あたし初めて見たかも」

 それぞれの友人に思う事はあるものの、だが感慨ばかりもしていられない。何しろカトリーヌが泣きそうにおろおろとしている。

「こら、エレメス。随分と彼女に感情的だぞ。少し頭を冷やせ」
「マーガレッタも、あんまり噛み付かないの。いくら見た目落ちぶれホストでも、そいつあたしの、えっと、友達だしさ」
「いや落ちぶれって……。気に入ったでござるか、それ……?」

 間に入ったセシルの言いに、空気を読んだエレメスが大仰に落ち込んで見せる。
 するとすかさず、

「言い得て妙と自負しますわ」
「ああ?」
「はあ?」
「やめないか、二人とも」
「いい加減にしなさい!」

 三度までもたしなめられて、引き際を弁えぬ双方ではない。
 ふんっと揃って顔をそっぽへ向けて、それで一時休戦が成り立った。


「──まあ、なんだ」

 ひとまず落ち着きを取り戻した室内で、口火を切ったのはセイレンである。

「この後は来客なのだろう? なら俺はこれで失礼するさ。セシルがいるならカトリーヌも安心だろうし、何より先約を邪魔するのはよくないからな」

 言って彼が尻を上げると、カトリーヌが追随した。

「わたしたちも、お暇するべき」
「それはそうですわね。同意ですわ」

 聞いて、セイレンが意外そうな顔をした。
 今の今まで、彼はカトリーヌとマーガレッタも鍋の参加者だと決め込んでいたのである。

「あ、ところで二人とも、道大丈夫? ちゃんと帰れる?」

 上着を羽織ったところで発された問いに、カトリーヌはふるふると首を振り、マーガレッタは心持ち不安な顔をした。
 重ねてになるが、近隣は微妙に不便な住宅街なのだ。
 計画して開発されていないから細道と行き止まりが多い。日が落ちた今となっては尚更だ。路地は行きとまるで異なる様相を呈して見えるだろう。

「そっか。じゃ、あたし二人を送ってくる。悪いけどエレメス、ハワードにはちょっとおあずけしておいて」
「でもセシルちゃん。私は駅ですけれど、カトリーヌの家は真反対ですわ。行って帰ってをしていては、戻りが遅くなり過ぎるのではないかしら……」

 マーガレッタの家は割合に口うるさくて、学校帰りの寄り道を一切認めない。
 それが彼女が私服でカトリーヌが制服の理由であり、この二人が現地集合を目論んだ移動経路の事情だった。
 
「なら、俺が一人送ろうか」

 助け船を出したのは、またしてもセイレンである。

「幸い家は隣だ。この後の予定もない。使ってくれて構わないが」

 言ってから、エレメスの顛末を思い出したのだろう。慌てたように付け加えた。

「勿論、不埒を働く意図は一切ない。あとは淑女諸君が俺を信用してくれるかどうか、だ」

 マーガレッタは判断を下しかねて若干ながら惑う。
 その脇を抜けて、カトリーヌが動いた。小走りにセイレンの隣に行き、その袖をちょんとつまむ。「信用する」という類の、意思表示だろう。
 受けて、セイレンが小さく笑った。

 ──たらしでござる。やっぱりたらしにござる。

 約一名は思なくもなかったが、またぞろの口論の火種になりそうなので、胸の内だけに留めた。

「そしたらセイレン、悪いけどカトリーヌを頼める? お礼に今度、何か奢るから」
「気にするな。これも縁さ」

 そうしてセシルとマーガレッタが連れ立って出て、荷台に座布団をくくりつけるという急改造を施された自転車でセイレンがカトリーヌを運び去り、今度こそ四畳半に完璧な静寂が訪れた。
 長い手足を畳に投げ出し、エレメスは放心気味にため息をついた。
 やっと嵐が過ぎた。そんな心地だった。
 今日の喧騒に比べれば、ハワードとセシル相手の三人鍋など可愛いものだ。

 神ならぬ身の彼は、この騒ぎがただ一度きりで終わるものだと当然のように信じ込んでいる。
 これよりの紆余曲折が、毎週末の四畳半人口密度が倍加する結果を生んだとエレメスが知るのは、少しばかり先の話である。



 
      
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鵜狩

Author:鵜狩
鳴かぬなら 鳴くのにしよう 不如帰

 小説家になろうにて物語を書き撲っております。

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